
「隠蔽」

「もどきが来たし！ちびを隠すし！」
見張りたぬきの悲鳴が上がり、たぬき達は逃げ惑う。
あちこちのスラムで多々見られるお馴染みの光景だ。
こんな時、いかにちびたぬきを生き延びさせるかが問題だった。
ちびたぬきは、たぬき達にとっての未来そのものだ。
死なせる事は生きがいを失うことだけでなく、群れの維持も困難となる。

混乱の渦中にあって、我が子を守るために様々な手段を取るたぬき達がいた。
「この中に隠すし…」
ある親たぬきが取り出したのは、ブリキのクッキー缶だった。
　


普段から、ちびが眠る際には蓋を外した状態で被せることで雨や外敵から身を守ることが出来る、立派なシェルターだ。
6匹のちびたぬきを避難させる。中々の大所帯だが、まだ余裕があるほどだった。
「蓋を閉めれば完璧だし…！」
あえて、ちびたぬきが仕舞われるところを見せ、もっちりと体重をかけて蓋を閉める。
その後、向かってくるもどきの方へスライドさせて放り、気を引いている内に親たぬきが逃げる。
クッキー缶の耐久力に自信があるからこその芸当だった。
「ｷｭ~ｷｭ？ｷｭ…ｷﾞｭｷﾞｭ！………ｸｳｩﾝ…」
最初はエサの入ったクッキー缶に喜んで飛びついたもどきだが、何度つついても壊れない。
しっかりと蓋が密着したブリキの缶になす術はなく、
もどきは諦めて去っていった。
「やったし…！ちびもわたしも助かったし…わたし天才かし…！」


ドン！ドン！と音がする缶を回収しに向かう親たぬき。
「暗くて怖かっただろし…でももう大丈夫だし…」
きっと中で泣いているであろう我が子を解放しようと、蓋に手をかける。
蓋がしっかりと嵌まり込んでいて、取れない。
そもそもたぬきの手では蓋の端を掴むことすらできない。
このような場合、何か固い板のようなモノを差し込んで、テコの原理を使えば簡単に開くのだが、
ここには固い板もないし、たぬきはテコの原理など知る由もない。
「大変だし…大変だしぃぃ…！」
ようやく事態の深刻さに気がついてパニックを起こし、缶を振るたぬき。
冷静さを失った、悪手であった。
シェイクされ、中のちびたぬきは嘔吐し、喉に詰まらせる者、あるいは空洞の中で何度も頭と頭をぶつけられ、衝撃に耐えきれず潰れる者もいた。
何より、缶の中の空気は底を尽きかけていた。



「ｸﾞｴｯ……ｸﾞﾍﾞｴｴし…」
「まま…開けてし…たすｷｭﾍﾟｯ」
「みえないし……苦しいし……まま、どこ……」
「ｷｭｰｷｭ-！ままー！」
しばらくは悲鳴や鳴き声も聞こえていたが、
やがて、缶の中から音がしなくなった。
「あわわ…ダメだし…ダメだしぃぃっ！」
冷静にならなければ。
親たぬきは深呼吸し、己のほっぺをモチモチさせた。
温めたら取れやすくなるって聞いたし。
火を起こすし。
じっくり温めるし。
開いたし！
中から現れたのは、涙も乾いた蒸しちびたぬきと、頭や身体が潰れた肉塊の詰め合わせだった。
「あ…ちび達が…やだし…やだしぃぃいい！」
親たぬきは、悲鳴をあげてジタバタする他なかった。



「掘っておいて良かったし…みんなここに隠れるし…」
たぬき達がスコップを使い、事前に掘っていた穴がある。
普段はシートを被せ、カモフラージュしていたものだ。
ある親たぬきは、そこに我が子を避難させた。
「これでいいし…けどシートだけだと不安だし…？」
万が一、もどきが通過した際に穴に落ちてしまったら我が子が餌食になってしまう。
と、いうことはしっかりと覆ってやらなければ。
考えた。短い時間でたぬきは暫し考えた。
モチン！右手で左手を叩く。
「閃いたし！」
善は急げ。もどきに気づかれる前に、親たぬきはシートを剥がし、露出した穴にスコップで土を被せ始めた。
穴の中で、安心だし♪みんなで隠れんぼ楽しいし♪とウキウキ気分だったちびたぬき達に、黒い土砂の驟雨が浴びせられる。



「ｷｭ⁉︎まま…なんｸﾞｴｯ」
「ﾍﾟｯﾍﾟｯ…土が口にはいるし…ままやめｷﾞｭｳｳ！」
「たしけてー！たしけてしー！」
「ｷﾞｭｷﾞｭｰ！ころされるしー！」
突如として土をかけられ、ちびたぬき達は穴の中でジタバタしながら猛抗議したが、
一心不乱に土を被せることしか考えていない親たぬきの耳には届いていなかった。 
やがて、やりきった表情で額の汗を拭う親たぬき。
「ふう…やれやれ…間に合ったし…あれ？ちび達どしたし？元気がないし？」
返事はない。埋められたちびたぬき達はとっくに窒息し、次のリポップ先へと旅立っていた。
それをただの土葬と呼ぶことを、親たぬきは知らなかった。



「口の中に隠すし…！」
あるたぬきは、ちびたぬきを自分の口の中に匿うことにした。
かなり小さな豆粒サイズのちびたぬきにしか使えない方法だが、
よちよち歩きを後ろに続けさせるよりも生存率は上がる。
あとは、もどきにバレないよう離れるだけだ。
幸い、他の仲間が喰われてくれている。

「………っし……もごもご…」
「ｷｭｷｭ…ｸﾙｼ-」
「ﾏﾏ…ｸｻｲｼ…」
「ｾﾏｲｼ…ｲﾀｲｼｨ…」
3匹も詰め込んだので、かなり息苦しく、
唾液で濡れたちび達が抗議の声を漏らすが
この場を離れるまで、今しばらくの辛抱だ。
慌てないように、こっそりと移動を始める。


だが、ちび達を詰め込んだ頭部にふらつく短い足は、何もないところでも躓いてしまう。
「………あっ」
ゴシュアッ！
頭から勢いよく転倒し、接地した下顎が、上顎とガッチリと噛み合わさった。
親たぬきの口内で、衝撃と共に中の肉が一気に圧し潰される。
｢ｷﾞｭｯ‼︎」
いやな音と、にぶい悲鳴のようなものが聞こえた。
その口元からちび達の体液が溢れ、唾液と混じって垂れ始める。
また、驚いた拍子に、奥にいたちびを丸々飲み込んでしまっていた。
たぬきは真っ青になり、ジタバタするのも忘れて立ち尽くした。
吐き出して助けなきゃ、と思う反面もうダメであろうという思いを加速させたのは、
「結構…おいしいし？」
口の中に広がる、まったりとした味わいだった。


もどきは…こんな美味しいものを食べていたんだし…？

………ずるいし。
頭の中が真っ白になって、すでに子を失った悲しみや己の愚行による後悔は消え去っていた。
躊躇なく残りを咀嚼し、呑み込んだ。満足感が、電流となって身体中を駆け巡る。
茶色いしっぽを引きずりながら、次の獲物を探し始める。
運悪く喰われた親の亡骸に寄り添い、天に向かってジタバタと大泣きしているエサが見えた。
トボトボと歩き始める親たぬきの、頬にも、手にも。
尻尾と同じ茶色い毛が生え始めていた。
そして、スラムは全滅した。

オワリ
